8章 思考1:演繹的推論
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8-1. 思考の適応的な役割
8-1-1. 即応性の高い高度な情報処理
知覚を通じて得られる情報だけでは環境についての理解は表面的 寒い→なぜ寒いのか、どうすれば寒くなるのか
思考:人類の適応を可能にした、即応性と柔軟性の高い、高度な情報処理 遺伝的な変化:数千年〜数十万年、それ以上
高度な情報処理能力:すぐに適応
情報処理システムは遺伝的な基盤に支えられてはいるが、思考の実際の働きは知識に大きく依存
思考の研究
8-1-2. 推論の適応的な役割
「肉食獣は危険だ」→見慣れない動物が鹿の肉を食べている→「この動物は危険だ」
適応的な行動をとるためには非常に有用な情報処理方式
8-2. 演繹的推論
8-2-1. 認知心理学の推論研究
人間は論理的に推論することができる
人間は論理的に考えられない場合も多い
人間の推論はどのような情報処理に支えられているのか
論理的な推論
非論理的な推論
8-2-2. 演繹と帰納
演繹的推論(deductive reasoning) 一般的な命題→個別な命題
認知心理学では2種類の理論
規定あり理論:人間が論理学的な推論規則を使っていると仮定する理論 規定なし理論:論理学的な規則は使わないと仮定。何らかの規則は使っている。 帰納的推論(inductive reasoning) 個別的な命題→一般的な命題
8-2-3. 規則あり理論
初期のモデルである演繹モデル(model of deduction: Osherson, 1976) 2. 推論規則は順番に並んでいる
3. 推論規則はその順番に適用する。
4. 結論がでたとき、または、適用すべき推論規則がなくなったとき、推論を終了する
(4)の仮定に従うと、推論規則がなくなると結論が出せなくなる
必要な推論規則を持っていない場合には誤った推論をしてしまう可能性がある
8-2-4. 演繹モデルによる推論の例
規則1 : ¬(P or Q) ⇔ (¬P) & (¬Q)
規則2 : (もし P ならば Q) ⇔ (もし ¬Q ならば ¬P)
8-2-5. 推論の難しさ
推論規則を2つだけ適用すれば正解が得られる問題→結構難しい
演繹モデルを提案したオシャーソン(Osherson, 1976)「推論の難しさ=個々の推論規則の難しさの総和」 推論規則の難しさ→推論規則をどれだけ正確に記憶しているか、どれだけ適切に適用できるか
被験者に難しさを評定してもらう実証研究
解答するための推論の難しさの評定と、解答するための推論の難しさを評定
この研究では推論規則の難しさの総和が大きくなればなるほど推論全体が難しくなる傾向があるという相関関係が示された
後の研究(Rips, 1994)ではその相関はごく弱いものにすぎないという報告もされている
8-2-6. メンタル・モデル理論
論理学的な規則を使わない規則なし理論の代表例
イギリスの思考研究者ジョンソン-レアード(Johnson-Laird, 1983)
与えられた問題を記述する心理的な表象(メンタル・モデル)をつくり、それに基づいて推論を遂行すると仮定 図式のようなもの。言葉や記号でも視覚的イメージでもいい。
命題1:もしキングがあれば、エースがある。
または、
命題2:もしキングがなければ、エースがある。
キングがある。このことから何か確実なことが言えるか?
または=排他的選言(exclusive disjunction; exclusive or) AまたはBの「または」が排他的選言であるときには、AかBのどちらかであり、AでもBでもあるという場合は除外される
「エースがある」は間違い
8-2-7. トランプ問題の正解
命題1:もしキングがあれば、エースがある。
K A
¬K A
¬K ¬A
または、
命題2:もしキングがなければ、エースがある。
¬K A
K A
K ¬A
キングがある。このことから何か確実なことが言えるか?
「何も言えない」が正解
8-2-8. メンタル・モデル理論による説明
多くの人が「エースがある」と誤って答えてしまうのはなぜか?
「多くの人は問題が明示していることだけをメンタル・モデルにする傾向がある」と仮定
キングがある方はエースがある→エースは必ずあると考える
論理学的な推論規則は使われていない。簡単な記号と図式化のみ。
8-3. 三段論法による推論
8-3-1. 定言三段論法
人間の推論は論理学的に妥当な推論から外れることがある
その外れ方には一定の傾向が認められる場合が少なくない
推論の心理学的な研究はそうした傾向を発見し説明するところから出発
2つの前提から結論を導き出す推論
すべてのAはBである (大前提)
すべてのCはAである(小前提)
∴すべてのCはBである (結論)
「すべてのAは」か「或るAは」か、「である」か「ではない」か、といった区別で256通り
論理学の研究によって24通りだけが妥当(valid)な推論であることがわかっている
8-3-2. 妥当な推論
正しいという言葉を使うと、結論=事実か、推論が論理的に間違いなく行われたのかがはっきりしない
推論が論理的に正しい場合には妥当であるという
事実と一致しない場合でも推論は正しく行われている場合、推論は妥当である
8-3-3. 信念バイアス
以下の定言三段論法は妥当か
(1) すべての学生は人間である。ある人間は女性である。∴ある学生は女性である。
(2) すべての学生は生物である。ある生物は樹木である。∴ある学生は樹木である。
(1)を妥当、(2)を妥当ではないと判断する人が多い
推論の形式は完全に同一であり、どちらの推論も妥当ではない。
学生でない女性、学生ではない樹木が存在する
このような場合がありうるので論理的には妥当ではない
推論が妥当か妥当ではないかを判断する際に、信念(何が事実かという信念)に影響される傾向
(1)のほうが妥当だと判断されやすいのは、結論が事実と一致しているから
8-3-4. 信念バイアスが生じる原因
論理的な推論は結論の正しさを保証してくれるものではない
実生活で重要なのは推論が妥当かどうかではなく、結論が正しいかどうか
結論が正しいかどうかは、推論妥当かということだけではなく、前提が正しいかということにも依存する
前提がただし以下どうかについては確率的な判断しかできないので「絶対に確か」ということはありえない
したがって、いくら論理的に妥当な推論をしても結論が間違っている可能性は排除できない
結論が明らかに事実と食い違うのであれば、その推論は正しくないと考えた方が現実的である
正しくない理由は、前提か推論かは判然としない
結論が正しいのなら推論は妥当であり、結論が間違っているのなら推論は妥当ではないと判断する信念バイアスは、大体において懸命な判断方略であるとも言える
8-4. ウェイソンの選択問題
8-4-1. 問題
イギリスの思考研究者ウェイソン(Wason, 1966)が考案 もし文字が母音ならその裏の数字は偶数である
E, K, 4, 7
この規則があてはまっているか、どうしてもめくならなければならないカードを選ぶ
P→Q
Eはめくる
子音は触れられてない
Kはめくらない
QであってもPでない場合もある
4はめくらない
P→Qが成り立つなら¬Q → ¬Pが成り立つ
7はめくる
8-4-2. 実験結果
選択率
E : 33%, Eと4 : 46%, Eと7 : 4%, その他: 17%
4をめくってしまうという誤り
P→QをP⇔Qという双条件文(biconditional)と解釈したためではないかと考えられる PならばQ、かつ、QならばP
日常生活では条件文は双条件文であることが多い
8-4-3. 否定式
P→Qが成り立つなら¬Q → ¬Pが成り立つ
これは条件文を双条件文として解釈した場合でも必ず成り立つ
選択課題は規則があてはまっているかどうか調べる問題
あてはまっているかどうかがわからない規則=科学的研究では仮説(hypothesis)にあたる ウェイソンの選択課題は演繹的推論の問題であると同時に、仮説検証の問題だと考えることもできる
仮説検証において、大概の人が否定式をうまく使用することができないという発見
反証可能性(falsifiability)の問題と深いかかわり 8-4-4. 主題材料効果
メンタル・モデル理論を提唱したジョンソン-レアード(Johnson-Laird, Legrenzi, & Legrenzi, 1972)は、問題の内容によっては正答率が飛躍的に向上することを発見した 彼らの使った問題はイタリアの郵便事情に詳しくないと理解できないので、ここではビール問題(Griggs & Cox, 1982) 「もし、ある人が飲んでいるのがビールなら、その人は20歳以上でなければならない」
「ビール」「コーラ」「22歳」「16歳」
論理的にはウェイソンの選択課題と同じ構造だが、正答率は75%
主題材料効果(thematic-materials effect) 抽象的な材料の場合にくらべて、何かテーマを持った材料の場合には正答率が上がるという現象
最初は具体的な問題にすれば正答率が上がるのだろうと考えられた
しかし、内容が具体的でも恣意的な規則では実際には生じなかった
8-4-5. 実用的推論スキーマ
主題材料効果が現れる場合と現れない場合の両方を説明するために提案された理論
実用的推論隙間にはいくつかの種類がある
主題材料効果の説明に役立つのは許可スキーマ(permission schema) 許可スキーマは次の4つの規則からできている(P:許可の対象となる行動をとること、Q:許可できるかどうか決める条件)
R1) P → Q
行動をとるのなら、条件を満たしていなければならない
ビールを飲むのなら20歳以上でなければならない
R2) ¬P → Q, ¬Q
行動をとらないのなら、条件を満たしていても、満たしていなくてもよい
ビールを飲まないのなら、20歳以上であってもなくてもよい
R3) Q → P, ¬P
条件を満たしているのなら、行動をとっても、とらなくてもよい
20歳以上なら、ビールを飲んでも飲まなくてもよい
R4) ¬Q → ¬P
条件を満たしていないのなら、行動をとってはならない
20歳以上でないのなら、ビールを飲んではならない
許可の性質をよく表している
許可スキーマに基づいて推論を行うと、その結果は論理学的な正答と一致する
日常生活を支障なく送るためには許可ルールを正しく理解することは不可欠なので、大概の人は許可スキーマを適切に使うことができるはず
許可スキーマはあくまでも許可という場面に特有の推論規則
否定式を適用した結果ではない
抽象的な問題には適用されず、正答率を上昇させることもない
問題の内容が具体的でも許可場面とは解釈できない恣意的な規則の場合にはやはり正答率は上昇しない
8-4-6. 社会契約理論
社会契約理論(social contract theory) 裏切り者を検知するための生得的なアルゴリズムを適用した場合に主題材料効果が生じる
アルゴリズム(algorithm): 一般には目標とする結果が必ず得られるような手続き。ここでは実用的推論スキーマ理論の場合のスキーマとほとんど同じ意味で使われている 「利益を得るためには、対価を支払わなければならない」という規則を破っている裏切り者を検知する
1) 利益を得ている者は、対価を支払っているか?
2) 対価を支払っていない者は利益を、得ていないか?
ウェイソン選択課題の4枚のカードと対応する
8-4-7. 社会契約理論の検証
コスミデスの実験
ストーリーを読んでもらう
利益=キャッサバ:美味で栄養があり、異性を惹き付ける効果もある
対価=刺青
「キャッサバを食べている者は刺青をしていなければならない」という規則が破られていないか調べる
予測どおりPのカードと¬Qのカードを選んだ人が多い=主題材料効果が現れた
社会契約理論は許可スキーマとよく似ている
許可ルールのなかで利益対価関係が含まれていないルールの場合に主題材料効果が生じるかどうか調べる
ビール問題→20歳以上であることは対価であるとは考えにくい
利害 — 対価関係が存在しないことがもっとはっきりしている場合にも主題材料効果は生じることが知られている
「こぼれた血を拭くならば、ゴム手袋をしていなければならない」とう規則→病院で守れているかどうか確かめるという実験(Manktelow & Over, 1990)
血をふくこと→危険で利益とは考えにくい
ゴム手袋→危険から守ってくれる。対価であるとも考えにくい
裏切り者検知アルゴリズムでは主題材料効果をすべて説明できるわけではないことは明らか
ゴム手袋問題についてはコスミデスは危機管理アルゴリズムという別の生得的なプログラムを導入しそれによって説明している(Fiddick, Cosmides, & Tooby, 2000)
許可スキーマ1つで済むところに2つの説明原理を持ち込むのは科学的研究の一般的な方針にはそぐわない
8-4-8. 思考と遺伝
コスミデスは「すべての思考は特定の目的に特化した生得的なプログラムによって実行される」と非常にスケールの大きい主張をしている
実用的推論スキーマは経験を通じて獲得されるプログラムである
必要とされる情報処理手続きを汎用性の高い学習システムが学習していくと想定している
生得的なプログラムだという立証はなされていない
遺伝的メカニズムは全く知られていない。
かりに裏切り者検知アルゴリズムや危機管理アルゴリズムが存在したとしても、それが生得的なものなのか、学習されたものなのかはわからない
狩猟採集生活をしていた人間の祖先が微積分をするための遺伝的なプログラムを進化させた…?
8-4-9. 情報獲得理論
ウェイソン選択課題については義務論的(deontic), 直説法的(indicative)という区別がなされるようになってきた 主題材料効果が現れるような課題:「…でなければならない」→義務論的
オリジナルの選択課題:「母音の裏は偶数である」→直説法的
情報獲得理論(information gain theory: Oaksford & Chater, 1994) 規則が当てはまっているかどうかを判断するのに必要な情報の量に注目→情報量が多いカードが選択されるという説明を提案
ウェイソン選択課題は演繹的推論の面に関心が集中していた
人間が否定式をうまく使えないこと
情報を集めて規則が当てはまっているかどうかを調べる
帰納的な推論
そもそも思考は現実世界をできるだけ正確に認知するための方法
演繹的推論が帰納的推論と密接に結びついたかたちで行われていることは極めて自然なことだと言えるのかもしれない。